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水戸地方裁判所 昭和37年(ワ)85号 判決 1963年3月06日

茨城県水戸市根本町一区五九九番地

原告

大久保清房

被告

右代表者法務大臣

中垣国男

右指定代理人

加藤宏

那須輝雄

植竹徳次郎

金子秀雄

右当事者間の昭和三七年(ワ)第八五号損害賠償請求事件について、当裁判官は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、原告は、「被告は、原告に対し金二〇〇〇万円と昭和三七年八月三〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一、昭和二二年度、二三年度課税処分の不当。

(一)  原告の所得。

原告は、昭和二二年から同二三年前半まで便せん.封筒、手帳等の紙製品や紐、糊等の雑貨の製造、販売卸の営業をし、昭和二三年後半から二五年秋までパン、菓子類の委託加工販売の営業をしていたものである。

昭和二二年度及び昭和二三年度の原告の各所得が、どれほどの額であるかの詳細は不明である(なお、昭和二三年五月から昭和二四年四月までの一年間の収入は、二五万四四七七円で、同じく支出は、二六万八〇六六円であり、差引一万三五八九円の赤字となつている。)が、右各年度の原告の所得は、課税の対象額に達しておらず、税額は本来零のはずであつた。

(二)  昭和二二年度所得税について。

原告は、昭和二二年度の申告に際し、本来税額零と申告すべきであつたのにかかわらず、たまたま間違えて税額二八三三円と申告してしまつた。

水戸税務署は、更正決定をなすに当り注意して調査すれば原告に対する税額は零であることが判明するはずであるのに、ことここにいでず、漫然、更正決定をし、原告に対して一万一三一七円を課税し、原告所有の財産に対して滞納処分として差押をなした。

(三)  昭和二三年度所得税について。

原告は、前同様昭和二三年度の申告に際し、本来税額零と申告すべきであつたのにかかわらず、たまたま間違えて税額六九〇〇円と申告してしまつた。

水戸税務署は、更正決定をなすに当り注意して調査すれば原告に対する税額は零であることが判明するはずであるのに、ことここにいでず、漫然更正決定をし、原告に対して八八八〇円を課税した。

(四)  地方税へも影響。

なお、右のような更正決定の結果は、必然的に県税市税も増額される羽目ともなつている。昭和二二年度の総税額(国税地方税)は二万二四一九円となり、昭和二三年度の同じく総税額は二万五九二〇円となつている。

二、異議申立に対する被告側の不作為と原告の蒙つた精神的損害。

(一)  原告は、以来再三水戸税務署の係員、係長、課長に対し前記の不当課税処分に対し口頭や書面で異議申立をしたが、とりあげられなかつた。昭和二六年二月頃水戸税務署長に面会し異議申立をしたり、その一、二日後大蔵省に行つて異議申立をしたりしたが、いずれもとりあげられなかつた。

(二)  原告は、昭和二二、三年度において生活がたたぬほどの不当な課税処分をされ、さらに右のような異議申立をとりあげられなかつたことにより、勤労意欲を喪失し、自暴自棄となり、昭和二六年二月頃より二八年まで放浪生活に入り、下関辺で屑屋をやる程の窮状におちいり、非常な精神的苦痛を蒙つた。

(三)  なお、原告は、昭和三二年十月にも水戸税務署に対し、前述の不当課税処分及び再三の異議申立をとりあげられなかつたことにより蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料として二〇〇万円の支払を請求したが、やはり拒否されている。

(四)  原告は、被告側の右のような不法行為の結果として、昭和三二年一一月頃絶望の余り服毒自殺を図り、昭和三二年一一月頃から同三六年三月頃まで精神病院に入院し、もつて精神的に多大の苦痛を蒙つた。

三、慰藉料請求。

よつて原告は、被告に対し、精神的損害に対する慰藉料として二〇〇〇万円と、これにつき昭和三七年八月三〇日(本訴状送達の翌日)から完済に至るまで、年五分の割合による遅延損害金との支払を求める。

第二、被告指定代理人らは、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。

(1)  原告がその主張するとおりの期間精神病のため入院したことは認める。

(2)  仮りに、原告主張のとおりの更正処分があつたとしても、このことが、水戸税務署長の故意過失によるものであることは否認する。

(3)  仮りに、原告主張のような損害賠償請求権が発生したとしても、原告が、その主張のような請求原因に基く損害を知つたのは、昭和三二年一〇月頃であるから、原告の本訴提起のときには、右損害賠償請求権は時効によつて消滅しており、本訴において右時効を援用する。

(4)  その余の事実は不知。

第三、原告の立証

原告本人尋問の結果を援用。

理由

第一、被告側の不作為(異議申立を取り上げなかつたこと)が不法行為を構成するか。

昭和二二、二三年度当時の所得税法の規定(第四八条)によると、更正決定に異議があるときは、一カ月以内に政府に審査の請求をすることができることになつている。原告の主張するところの異議申立は、法律に規定された期間内のものであることの確証もない。従つて、原告の異議申立は、期間を経過した後のものであるという理由で却下される運命にあつたはずのものであると考えられる。原告の異議申立について、その都度速やかに却下決定の通知がなされなかつたとしても、特別の事情のない限り、このこと自体から原告に損害が生じたとは考えられないはずである。この場合、殺人的不当課税処分であると主張する原告としては、この課税処分自体の無効なり違法性(不法行為性)を訴訟で争えば足りるわけである。

第二、消滅時効の成否についての判断。

一、判断の前提。

原告の主張する、被告側の作為(昭和二二、三年度の不当課税処分)、不作為(異議申立をとりあげなかつたこと)が仮りに原告のいうとおりの不法行為を構成するものであると一応仮定して、判断を進めてみる。

二、原告が損害を知つた時期。

原告が、昭和三二年一〇月頃水戸税務署長に対し、本件についての慰籍料請求をしたことは、原告の自ら主張するところである。

そうとすれば、原告が本件において主張するような不法行為に基く損害を知つたのは、おそくとも昭和三二年一〇月頃というべき筋合である。

三、法律(国家賠償法四条、民法七二四条)によると、原告主張の不法行為による損害賠償請求権は、損害や加害者を知つた時から三年間で消滅時効にかかるわけである。

四、原告は、損害を知つた時(おそくとも昭和三二年一〇月頃)(加害者を知つたのは、右と同じ時であるとみて差支えない。)から三年を経過した後に、本訴を起している(昭和三七年六月二七日提訴。)ことは明らかである。

五、昭和三四年六月二八日以前における、原告主張の精神的損害について。

(1)  右の理由により

(イ) 右昭和三二年一〇月頃までに生じた精神的損害については、損害賠償請求権は、時効により消滅している理くつとなる。

(ロ) それ以後、(本訴提起から数えて三年前に当る昭和三四年六月二八日を基準として)昭和三四年六月二八日以前の損害については、同じような理由により、損害賠償請求権は時効によつて消滅している理くつとなる。

(2)  本件においては、もちろん時効の中断があるとの主張とか時効の中断が存在した形跡とかは見当らない。

原告のいう税務署大蔵省に対する異議申立(昭和二六年以前、昭和二六年二月頃、昭和三二年一〇月頃)は、法律にいう時効の中断の効果は生じない。

(3)  被告の消滅時効の抗弁は理由がある。原告の右請求は、この点において、その他の点の判断をまつまでもなく失当である。

(4)  原告が本訴提起までは、法律的請求手続(訴訟救助制度、訴状提出手続)のことを知らなかつたとしても、消滅時効が完成したことには変りはないのである。また二〇年の除斥期間が適用になるということにもならないのである。

第三、昭和三四年六月二八日以後における、原告主張の精神的損害について。

一、昭和三四年六月二八日以後における、原告主張の精神的損害について、

原告が、昭和三六年まで約一年数カ月間位(昭和三四年六月から数えて。)精神病院に入院していたことは、当事者間に争がない。

二、原告が蒙つたと主張するこの精神的損害(精神病院入院、精神的絶望)は、原告の主張する被告側の不法行為によつて通常生ずる損害であるとは、社会通念上とうてい解せられない。特別事情によつて生じた損害であると認めるのが、経験則上からいつて相当である。

三、ところで、この特別事情により生じた損害については、特別事情を被告が知りまたは知ることができたはずであることを原告が主張し立証する責任を負うのである。

本件において、この特別事情を被告が知りまたは知ることができたはずであることについては、本件記録上これをうかがうに足る形跡が全く見当らない。

この意味において、原告は、特別事情によつて生じた本件の精神的損害について、その賠償を請求することは許されないものといわなければならない。

第四、結論

以上の理由により、原告の本訴請求は、理由がないから棄却する。訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 横地正義)

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